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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1303号 判決

控訴人 姉ケ崎町

被控訴人 高橋有友

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述並に証拠の関係は、当審において次のとおり付加する外、原判決事実に記載するとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人の主張

本件自動車の腐朽損傷に関し、仮りに控訴人に損害賠償の責任ありとしても、右損害の発生並に増大につき、被控訴人の側にも過失があるので、右過失は賠償額の算定に当り当然斟酌せらるべきである。(一)本件自動車の押収当時被控訴人に雇われていた右自動車の運転手訴外穂崎利一は、自動車の重要部分たるギア及びエンジンのシヤフトを車体から取外したまま、これを本件自動車の荷台の上に放置して立ち去つてしまつた。同運転手としては右部品を風雨に当らない箇所に蔵置する等腐蝕防止のため適当な方法を採るべきであつたに拘らず、敢てこれを放擲して顧みなかつたことは、本件自動車損傷の重大な原因をなしており、これは即ち被控訴人側の過失というべきである。(二)被控訴人は自己の所有物たる本件自動車が、押収後次第に腐朽して行くのを防止するため、自身又は弁護人を通じて速に仮還付請求の手続をなし、これを自己の手許に取戻すことを得た筈であるのに、何等かような手段を講せず、しかも昭和二十五年九月二十一日本件自動車が仮還付されて後、更に六ケ月間もこれを雨ざらしの状態に放置し、腐朽の度を深めるに任せていたのである。以上の諸点を考慮すれば、控訴人に支払を命ずべき賠償額は、被控訴人の蒙つた実損の三分の一以下に止めるのが相当である。

被控訴代理人の主張

控訴人の右抗弁は否認する。(一)被控訴人方の運転手穂崎利一は、本件自動車のエンジン等の分解手入をしていた最中に、姉ケ崎町警察署員により自動車の押収処分を受けたもので、同人は作業を続行して一応元通りに組立を完了したいと申出たけれども、係官は一切自動車に手を触れることを禁止し、取外した部分は荷台の上に置いたままで直に立去るよう強制したため、致方なくその命に従つたにすぎない。(二)本件自動車が押収されたのは、昭和二十五年四月十五日で、被控訴人が逮捕勾留されて後のことである。そして被控訴人は同月二十一日起訴されたが、被控訴人のために弁護人が選任されたのは第一回公判期日直前なる同年五月二十日頃で、同月二十二日に至り被控訴人は漸く保釈出所することができたのである。被控訴人は押収品につき仮還付の請求をする手続のあることを全然知らなかつたものであり、仮りに保釈出所後遅滞なくその手続をし、幸にこれが還付を受け得られたとしても、当時既に押収後一ケ月以上も経過し、自動車は雨蔽もせず、露天に放置されていたため、機械部分は赤錆びて腐蝕し、格段な修理費用を投ずるのでなければ、復旧困難な状態となつていたのである。それ故、右事情の下において被控訴人が仮還付請求の手続を取らず、且つ本件自動車の還付を受けて後その処分までの間日時を経過したことは、本件損害の賠償額を削減せねばならぬ程の過失であると見ることはできない。

証拠方法

被控訴代理人は当審証人中島義男の証言を援用し、乙第二、三、四号証の成立を認めると述べ、控訴代理人は、乙第二ないし第四号証を提出した。その他は原審におけると同一である。

理由

被控訴人が三十六年型フオード四噸積貨物自動車一台(車輛番号千葉五九七五番)を所有し、薪炭商なる自家の営業用に使用していたところ、控訴人の維持する姉ケ崎町警察署の署員により、昭和二十五年四月十五日千葉県市原郡五井駅前の潤間組自動車々庫前広場において、被控訴人にかかる窃盗被疑事件の証拠品として押収されたことは、当事者間に争がない。

成立に争のない甲第三ないし第五号証乙第一ないし第四号証原審証人穂崎利一、当審証人中島義男の各証言及び原審における原告本人尋問の結果によれば、被控訴人は松薪四百七十五束を窃取し、前記自動車でこれを運搬したとの容疑により、同年四月一日頃前記警察署員によつて逮捕状を執行され、同月三日右事件は身柄と共に千葉地方検察庁に送致されたこと、前記警察署の司法警察職員は引き続き右事件の捜査に従事していたが、同月十三日の捜索差押許可状に基き、同月十五日前記潤間組自動車々庫前において、被控訴人方自動車運転手穂崎利一が右自動車のギア及びエンジンのシヤフトを取外して機関部を修理中、該自動車を押収し、車輪に鎖を巻いて鍵を掛け、同運転手に対しては爾後一切押収物に手を触れることを禁止したので、同人は止むなく取り外した部品を荷台の上に置いたままで立ち去らざるを得なかつたこと、そして係職員は潤間組潤間四郎八に対し、押収された自動車に雨蔽もせず、これを同人方車庫前広場の露天に置いたままの状態でこれが保管を依頼し、同人より姉ケ崎町警察署長宛の保管請書を差入れさせ、押収に関する捜索差押調書のみをその頃検察庁に送付したが、押収自動車自体は現実に検察官に引渡したことのないのは勿論、当該自動車の保管に関する事務を検察官に引継いだ事実もなかつたこと、それ故右警察署より検察庁に追送した証拠金品総目録の記載中本件自動車に関する部分は省かれてあつたので(乙第四号証の同目録末尾には一旦本件自動車につき品名差出人名等を記載し、当署保管と付記しながら、特に斜線を引いてこれを抹消してある)、検察庁においても本件自動車を証拠品として受入れ、領置票を作成する等の内部手続を取つたことなく、保管人潤間四郎八と姉ケ崎町警察署長との間の保管委託契約を検察庁との委託関係に切替えた事実もないこと、及び本件自動車はこのような状態の下に、その後五ケ月余も前記の場所に放置され、同年九月二十一日に至り漸く仮還付されたこと等の事実を認めることができる。

以上認定のとおり、本件自動車に関する捜索差押調書だけは姉ケ崎町警察署より検察庁に送付されたが、現品は検察官に引渡された訳でなく、またその保管に関する事務を警察より検察官に引継ぎ、検察官においてその保管の責任を引受けたのでもない以上、姉ケ崎町警察署の当局者が依然その保管の責任を負うべきことは当然であり、その保管に当つては善良なる管理者の注意を以て右押収品を管理すべき義務あること明かである。控訴人は、被疑事件の送検後においては、司法警察職員は捜査上検察官の指揮の下に立つのであつて、押収に関する調書追送後における前記証拠品の保管は姉ケ崎町警察署員が検察官の指揮に従いこれに代つてなしたものであるから、その保管責任は検察官のみに存すると主張するけれども、かかる場合右押収品の処置につき、検察官が当該司法警察職員に対し捜査指揮権に基いて必要なる指示を与える権限を有しているからといつて、これがため現実にその保管の事務に当る司法警察職員の保管上の責任が免除されるものでないことは、多言を要しないところである。そうとすれば、姉ケ崎町警察署の司法警察職員が本件自動車を押収するや、被控訴人側の者に取外した機関部を組立てることその他自動車に手を触れることを一切禁止した上で、これを雨ざらし状態のまま長期間露天に放置したのであるから、保管上尽すべき善良なる管理者の注意を欠いていたこと明かであつて、その結果右自動車に腐朽損傷を生ぜしめるにおいては、同署員がその職務を行うに当り過失によつて違法に他人に損害を加えた場合に当るものといわざるを得ず、右警察を維持する控訴人姉ケ崎町は国家賠償法の規定により、本件自動車の所有者たる被控訴人に対しその蒙つた損害を賠償すべき義務を有する。

しかして本件自動車は押収当時金十万円の価格を有していたところ、押収中における前記の如き乱暴な保管方法のため、機関部その他の重要部分が腐触損傷し、スクラツプとして処分する外なき状態となつたため、被控訴人ばその仮還付を受けて後昭和二十六年三月十日これを金一万円で売却処分し、差引金九万円の損失を受けたことは、原判決理由に説示するとおりである故、その説明をここに引用する。

控訴人は右損害の発生並に拡大につき、被控訴人の側にも過失の責むべき点があるので、賠償額の算定に当つてはこれを斟酌すべきであると主張する。しかし、控訴人が被控訴人側の過失であると指摘する(一)の点即ち被控訴人の被用者たる穂崎運転手が、自動車の重要部分を適当に処置せずこれを荷台の上に放置して立ち去つたというのは、姉ケ崎町警察署員が押収の際、本件自動車の分解修繕作業に従事していた同運転手に対し、取外した機関部の組立を許さず、爾後一切押収物件に手を触れることを禁止したので、同運転手は致方なく右の部品を荷台の上に置いたまま退去せざるを得なかつたことによるものであること先に認定したとおりであるから、これを以て被控訴人側の過失に帰せしめることは妥当でない。また(二)の点即ち被控訴人が遅滞なく仮還付の請求をなさず、且つ仮還付を受けて後処分の時まで相当期間を経過したとの事実も、被控訴人の逮捕拘禁されたのが本件押収に先立つ昭和二十五年四月一日のことであり、同年五月二十日頃弁護人が選任され、同月二十二日保釈出所したものであるから(右弁護人選任並に保釈出所の日時等については、控訴人も明かにこれを争わない)、刑事訴訟手続に通じていない一般人として、仮りに被控訴人がその未決勾留中本件自動車押収の事実を聞知していたとしても(まして被控訴人がその間右押収の事実及び押収物の保管状況を知悉していたとの証拠はない)、その仮還付の請求をしなかつたことを捉えて被控訴人の過失であるとはいい難いし、保釈出所当時は既に押収後一ケ月余の日時を経過していることとて、機関部を取外し荷台の上に置いたまま雨蔽をせず、露天に放置して風雨にさらすという乱暴な取扱をしたため、中古車たる本件自動車の重要部分は、相当程度腐触損傷を受け、自動車全体としての価値を可成に喪失するに至つていたであろうことは推認するに難くないところであるから、被控訴人が保釈出所後速に仮還付の請求をせず、且つ仮還付を受けた後も直ちに破損車の修理並に腐朽防止のため適当の措置を採らなかつたからといつて、必ずしもこれを控訴人の賠償額を軽減すべき事由として斟酌せねばならぬものとはいい得ない。控訴人の過失相殺の抗弁は結局採用に値しない。

然らば、以上と所見を同じく、控訴人に対し金九万円及び右損害の発生後たる昭和二十六年三月十一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を命じた限度において、原判決は相当であり、本件控訴は何等理由がない。よつて控訴を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

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